奈良・正倉院ゆかりの楽器を復元し、奏でる
「天平楽府(てんぴょうがくふ)」

Tenpyo Gafu

天平楽府2008年 天平楽府と聲明
2008年公演詳細はこちらをご覧ください→ 詳細

(*1)敦煌琵琶譜とは

今を去る千数百年前、シルクロードの要衝として栄えた都市、敦煌(とんこう)の莫高窟(ばこうくつ)から発見された楽譜です。参照写真のとおり、縦書きの琵琶のための楽譜で、独特の表記方を取っています。曲名の「伊州(いしゅう)」、「水鼓子(すいぐず)」などは漢字で我々にも読み取れます。
これらの貴重な楽譜はイギリス、ロシア、フランスなどに渡ってしまい、中国には一点も残っていません。これまで、多くの学者がこの楽譜の解読にあたり、その貴重な成果を参考にさせてもらい劉宏軍も自己の解釈を加えて現代の五線譜に訳譜、合奏曲として古代から使われていたと思われる琵琶を含む多くの楽器のために複曲することができました。遥か昔、シルクロードのあちこちで演奏されていたであろう音楽がここに蘇ることとなりました。


(*2)五絃琵琶譜とは

京都にある近衛家の陽明文庫に所蔵されている重要文化財(旧国宝)で、楽器の五絃琵琶による演奏のために書かれた楽譜です。参照写真のとおり巻物にかかれ、漢字の曲名の「六胡州」、「如意娘」、「天長久」などか読み取れます。この巻物(五絃琵琶譜集)には28曲が収められています。しかしながら、当時の楽器による合奏のためのいわゆる総譜(スコア)は見つかっていません。劉宏軍の見解によれば、他の楽器は五絃琵琶の演奏を聴きながらアドリブ的演奏をしたのではないかとも考えられるとのことですが、劉宏軍は、この五絃琵琶譜を研究、調査し、作曲家、演奏家としての豊富な経験の立場からこれらを現代の五線譜に合奏曲として訳譜しここに五絃琵琶譜から多くの楽曲が蘇ることとなりました。
これは単に楽器の五絃琵琶の演奏のみをフィーチャーしたものではなく、正倉院に残された多くの復元楽器のために合奏曲として、複曲されました。これらの演奏、訳譜が当時の演奏そのままであるとの傍証は、史書の記録などから推測するしかありませんが、五絃琵琶譜 の行間から,往時の演奏スタイル、メロディー、リズムを読み取り、浮かび上がらせることにより、おそらく当時もこのような演奏であったろうと推測されます。

どんな曲を演奏するのか?

●上記の「五絃琵琶譜集」や「敦煌琵琶譜集」から訳譜、復曲されたきわめて今日的で、これが1300年以上も前の音楽であるとは到底思えない程に聴きやすいリズムとメロディーによる十数曲です。
「秦王破陣楽」、「聖明楽」、「如意娘」、「惜惜塩」、「又慢曲子伊州」、「長沙女引」、「蘇羅蜜」、「急曲子」、「傾盃楽」、「水鼓子」、「天長久」、「飲酒楽」、「崇明楽」、「六胡州」、「王昭君」、「九明楽」、「弊契児」、「夜半楽楽」、他
●NHKのテレビドラマ「聖徳太子」、「陰陽師」またシルクロード関連映像、主題テーマ曲の数々。
「百済船」、「笛師の渡り歌」、「平安夜狼」、「飛仙」「夢胡伎」、他
●宇治・平等院開創950年記念法要に委嘱された名曲。
「雲中供養楽」、他
●美しいメロディーと深い思想と啓示に満ちた劉宏軍作曲の名曲の数々。
「ペルシャ姫」、「八音の悟り」、「鳳凰と天女」、「敦煌夢」、「摩登舞妓」、「天界の麗玉」、「天響」、「界空」、他
●日本文学の最高峰「源氏物語」に綴られた音楽、そして描かれた絵巻に着想題材を得て創作された名曲。
「青海波」、「輪台」、「啄木」、「龍船」、「迦陵頻」、他

「天平楽府」(てんぴょうがふ)とは

正倉院の復元楽器を使用するグループの名称です。

奈良正倉院には、遣唐使が帰朝の際持ち帰ったり、又大仏開眼(752年)の盛大な法要のおりに、東西、南北のアジアからやってきた多くの楽人達が持参したと思われる沢山の楽器、伎楽面がのこされています。
その多くは1300年余の時空を超えて今なお輝きを放ち、中でも完全な形で現存する五絃琵琶は世界唯一のものといわれています。それらの楽器が、どんな音を発するのか、いかなるアンサンブルを奏でていたのかなど、現代の我々にとって、興味の尽きないところですが、この半世紀の間、数人の学者がこの究明にあたり、研究、調査の結果ある程度の解明がなされました。
その楽器類には、箜篌(くご、現代のハープにつながる竪琴)、五絃琵琶、四絃琵琶、阮咸、尺八、箏、方響、笙、拜簫、瓷鼓等がありますが、作曲家で笛の名手劉宏軍は、正倉院の資料をもとにして、日、中、韓、の文献や多くの学者、音楽家からの助言を受けて、この復元に取り組みました。この成果は、中国の工芸職人とのおよそ10数年に渉る共同作業の賜です。現在も少しづつではありますが、この復元作業は続けて行なわれています。劉宏軍は、主に日、中、韓の第一線で活躍する演奏家に呼び掛けて、この復元楽器を使用する演奏団体「天平楽府(てんぴょうがふ)」を創設、楽器の単なる工作的復元にとどめずに、当時の音楽の再生を旨とする高質な音響工学的、音楽芸術的、また美術工芸的復元を試み、それらの復元楽器を使って多くの演奏会を催して、好評を得てきました。
いまを去る千数百年の昔、シルクロードに沿って栄えた敦煌の莫高窟で発見され、現代の五線譜に譜訳された<敦煌琵琶譜>や近衛家に伝世する重要文化財(旧国宝)<五絃琵琶譜>の今の我々の感性に通じ、鑑賞に耐えうる歌謡性とリズムの意外な同時代性は、我々に驚きと喜びを与えてくれます。また、劉宏軍は、各楽器の音色などの特性を活かした名曲を数多く作曲、「天平楽府」を通じて発表し、東洋、アジアの心に根ざした音楽活動を展開しています。

現在までの主なコンサートは、1994年奈良東大寺「あおによしコンサート」'95年パリ・ルーブル美術館「三宅一生パリ・コレクション」、'96年京都比叡山根本中堂での「終戦五〇周年平和コンサート・比叡の山響き」、'97年石川県での「文化庁主催芸術祭・古代宮廷音楽天平楽府」、'98年札幌、上磯町での「天平楽府コンサート」'98年3月文化庁文化振興基金の派遣による米国ロスアンゼルス、ワシントンDC、ニューヨーク公演、'98年4月東京・紀尾井ホールでの初の自主公演、'99年伊丹、京都、水口、静岡での連続公演、2000年2月益田、札幌、東京の「天平の響き・高野山の聲明&天平楽府」、6月の富山能楽堂公演、11月東京文化会館大ホールでの自主公演、12月いわき市での「天平楽府と聲明の夕べ」、'01年3月東村山市、10月城陽市での公演、'02年1月東京・第一生命ホールでの「劉宏軍と仲間たち」、2月袋井市公演、4月沼津市での公演、同月宇治・平等院の開創950年法要に招かれ平等院翼廊にて演奏、10月岡山・オリエント美術館での公演、11月つくば市平沢官衙遺蹟での公演、11月東京・紀尾井ホールでの自主公演、03年4月大阪・フェスティバル・リサイタルホールでの公演、10月奈良国立博物館本館での「よみがえる天平の調べ」、11月東京オペラシティコンサートホールでの「天平楽府」と「声明」、'04年3月岐阜・県民文化ホール、5月富士市ロゼシアター、6月新潟市民芸術文化会館での各「天平楽府」公演。10月東京・浜離宮恩賜庭園、12月奈良県新公会堂・能楽ホール、05年1月札幌キタラホールでの「天平楽府と声明」公演、6月愛・地球博EXPOドーム公演、7月再び愛・地球博「奈良県の日」公演、10月大阪中之島公会堂「天平楽府」ミニコンサート、’06年1月フィリアホール公演、6月長門市・ルネッサながとでの「よみがえる天平の調べ」公演、10月東京・昭和女子大学人見記念講堂での「平城京フォーラムin東京」でのミニコンサートほか多数。2010年5月中国・上海世博(万博)日本館内ホールに出演、10月には奈良・平城遷都1300年記念祝典に出演。2011年1月東京文化会館大ホール(主催:日本テレビ文化事業団)にて、恒例の『天平楽府と聲明』公演を開催。ほか多数出演。



<2010年10月・奈良・平城遷都1300年記念祝典に天平時代の再現衣装にて演奏出演>
~・~・~ 正倉院復元楽器の代表例の一部 ~・~・~ 

箜篌(くご)
箜篌は、桐を彎曲にくり抜いて音が共鳴する胴の部分と、棒状にけずり出した腕の部分がL字形に組み合わされコーナーにそって二十三本の弦を張ったものです。
古代アッシリアを起源として、当時の貴族が楽しむ楽器として用いられた。その風景を古代遺跡の浮彫りによって伺うことができる。唐代の杜祐が著した「通典」に「堅箜篌は胡楽である。漢霊帝はこれを好む」と記されている。正倉院の箜篌は、漢の時代より西域、中国そして百済を経て日本に伝来した。唐の宮廷、寺院及び洞窟の壁画からその模様を見ることができ、その優雅な雰囲気を楽しめる。西洋ではこの箜篌により、ノンペダルハープとサウルハープが発展し、東洋でもノンペダル箜篌とサウル箜篌が発展してきた。この同族の楽器は異なった国、地域、民族、風土によって異なった音楽で活躍、愛用されている。
しかし、この古代の箜篌は千年以上経っても優雅な音色を心奥深く届ける魅力的な貴重な存在である。
五絃琵琶/螺鈿紫檀五絃琵琶
(らでんしたんごげんびわ)
五絃琵琶はインドに起こり、中央アジアから北魏に入り、日本に伝わったと考えられ、ペルシャを起源とする四絃琵琶とその発祥を異にしている。
正倉院存庫の琵琶は、現存するものとしては世界唯一のもである。
琵琶と比較して頭部が屈曲しないでまっすぐにのび、胴の幅が狭く、厚みがあるのが特徴で、表面の(ばち)があたる部分には亀甲が使われ、螺鈿で西域の人物が駱駝にのり、面白いことに四絃琵琶を奏でる図に、熱帯樹と五羽の飛鳥を配している。
背面の槽(そう)は紫壇で作られ螺鈿で上下二つの大宝相華文と二羽の含綬鳥と飛雲を配したまことに華麗な琵琶である。
四絃琵琶/木畫紫檀琵琶
(もくがしたんびわ)
この楽器は、遙かペルシャ地方で発生し、シルクロードを通って漢時代の中国に伝えられたという。唐代に入ると琵琶は宮廷音楽や寺院の供養音楽ばかりでなく、市井の芸能音楽にまで広く浸透して絃楽器の主流をなしてきた。木畫紫檀琵琶はちょうどこの頃の作と思われ、保存も良く復元する上にも様々な情報を提供するものであった。
この琵琶は工芸的にも素晴らしく、象牙をふんだんに用いるとともに、木畫の技法を使っている。槽(背面)の中央に蓮の花が描かれ、その回りを花鳥文様が左右対称にほどこされている。
全面の捍撥(撥があたる所)には保護のため、朱塗られた革が貼ってあり、それには騎馬に跨り、山野に虎を追う狩猟人が描かれている。弓を引き二匹の虎に、いままさに矢をいかけんとしている図は、壮観で異国情緒あふれるものである。
また車座になって宴が行われているところも描かれ、楽器を手にしている人物が持つのは、本体と同様の四絃琵琶である。装飾は別として、唐から伝わった四絃琵琶はその形状を変化させることなく現在に至っている。
「方響(ほうきょう)」
遣唐使の吉備真備(きびのまきび)が唐から帰国の際持ち帰ったとされる、大工道具の鉋(かんな)の刃のような鉄板9枚が正倉院に残っています。これが楽器の一部とは到底思えませんが、実はこれは唐代に作られた方響という楽器の一部でした。中国でも宮廷音楽のみに使用され、小さな鉄板16枚を上下二段に並べ架け、鹿の角などでできた撥(ばち)を使う打楽器で、主にリズム楽器として使用されたと推測されます。不思議なことに日本の伝統雅楽を構成する楽器としては、用いられず今日に至っています。
キラキラと輝く、透明な音色を持っています。
チェルチェン(且末)の箜篌(くご)について
先年、古代シルクロードの要衝チェルチェン(且末)という地で 古代の竪琴である箜篌(くご)がおよそ2700年も前の姿で発見されました。
NHKからの依頼を受け劉宏軍はこの復元に取り組み苦心の末の見事な調弦法を得て、音楽を奏することが可能な純正な復元箜篌として完成させ、演奏会のプログラムにこの箜篌の為の曲を組み入れています。やさしく、素朴な音色が古代人と私たちとの 遠い時間の隔たりを縮めてくれます。
この楽器も演奏会で使用しています。

劉 宏軍(りゅう ほんじゅん)

「天平楽府」音楽監督、作曲家、演奏家、復元楽器監修

作曲家、演奏家、正倉院復元楽器制作監修、「天平楽府」音楽監督。
現在、日本に帰化。中国大連生まれ。瀋陽音楽院修了。国立中国京劇院楽隊、中央音楽院の作曲研究科を経て、国立歌劇舞劇院管絃楽隊に入り、フルート主席奏者などを務める。
1980年来日以来、中国民族音楽や日本、アジアの音楽の研究、演奏、作曲活動を始める。
NHKテレビ、「シルクロード遥かな調べ」の作曲、演奏。また坂本龍一に協力し、映画「ラストエンペラー」の作曲、演奏を担当。’89年には文化庁主催公演「日本の中のアジア」に参加。’91年には奈良東大寺大仏殿にてユネスコ主催「あおによしコンサート21世紀への音楽遺産をめざして」に「天平楽府」を率いて参加。古代音楽時代考証を能くする立場から多くの古代楽譜の現代の五線譜への訳譜、複曲を手がけ賞賛を得ている。
氏の音楽活動は、アジア諸国、ヨーロッパをカバーするが、単に作曲、演奏にとどまらず、深い文献、現地調査に労を費やしている。現在最も情熱を傾けているのは、文献に則り正倉院所蔵の多くの楽器を純正に復元するとともに、古代楽譜の訳譜を用いて、自身の主宰する「天平楽府」を率いて、遥かなるシルクロードの音楽、そして天平の調べを現代に蘇らせる仕事である。
また、西洋楽器を用いた作曲活動にも旺盛な意欲を見せている。
第24回伝統文化ポーラ賞・国際賞を受賞。
東久邇宮文化褒賞受賞。

劉さんと正倉院

米田雄介(元正倉院事務所長・広島女子大学名誉教授・神戸女子大学教授)

劉さんに始めて会ったのはもう10年以上前になるが、その後、折りに触れて会うたびに、劉さんの多彩な才能に敬服させられてきた。たとえば古代楽器の研究家で演奏家のほかに、劉さんは、作曲家、演出家、天平楽府の主宰者といろんな面を見せてくれる。どれが劉さんの本領なのか。劉さんとは何者?ということになる。先般、NHKの衛星放送「ハロー日本」という番組で劉さんが紹介されていたが、その番組を見ていると、まさに古代音楽のマルチ人間で、古代音楽の事になると我も忘れてしまう人であることが解りかけてきた。
そもそも古代音楽のマルチ人間、劉さんと私がお付き合いを始めたきっかけは、劉さんが古代音楽の研究・演奏に復元した正倉院楽器を用い、しかもその楽器の復元自体に深く関わっていることを知ってからである。初対面の時には、まだ劉さんは正倉院楽器をそれほど復元していないようであったが、現在では、正倉院に伝来の楽器は18種類であるが、そのほとんどの復元を試みており、五絃琵琶に至っては5面も復元していると云う。五絃琵琶は正倉院では螺鈿紫檀五絃琵琶と云い、胴本体に紫檀材を貼り、捍撥には玳瑁を貼り背面全体に螺鈿を鏤めた豪華な宝物で、優品中の優品である。しかも五絃琵琶は世界でもただひとつしか伝存しない貴重品である。しかし劉さんは多数の五絃琵琶の所有が目的ではなく、できるだけ本物に近づけたいと試行錯誤を繰返して復元していたら5面になったと云う。それにしても五絃琵琶をはじめ多くの楽器の復元ともなると、復元の技術者を確保し、宝物に使われている材料と同質の材料を使い、色、形、大きさ、図柄、紋様なども宝物同様に作らなくてはならない。しかしこれらの復元のために、その都度、正倉院宝物を持ち出すことは出来ないから、正倉院事務所では、宝物の専門家に委嘱調査してもらい、その成果を出版・公開してきた。楽器については、『正倉院の楽器』と題する詳細な報告書を刊行し、楽器の寸法、材質、製法技法など明らかにしている。劉さん以外にも正倉院楽器の復元に当たっている人は少なくないが、この報告書に基づいている。ただ楽器の中には、中国・唐から輸入されたものがあり、それらの材料は唐やその近辺からもたらされているから、劉さんはわざわざ中国の材料で復元している。ただ劉さんが直接工具を手にするのではなく、先の報告書をもとに研究し、専門の工人に情報を伝えているのである。それにしても、材料の中にはワシントン条約によって規制を受けている動物質のものがあり、また現代中国でも、伝統的な楽器に詳しい技術者の高齢化、後継者不足から、復元は次第に困難になりつつあると云う。それだけに劉さんは、古代楽器の制作のために、余暇と収入のほとんどを投入し、今のうちに出来るだけの事をしたいと頑張っている。劉さんの本来の姿は演奏家である。先年四月末の夜に京都・宇治の平等院鳳凰堂で、聴衆は回遊式の庭園内を散策しながら、劉さんとその仲間の天平楽府の人たちの演奏を聴くと云う優雅な催しが行われた。当日の演奏曲の中には、京都の陽明文庫(近衛家に縁の文庫)に伝わる平安時代の音楽を復元したものがあった。当初劉さんが依拠したのは陽明文庫本そのものではなく翻譜されたものであったから、是非とも陽明文庫所蔵の古楽譜を見たいとの相談があった。たまたま私は当文庫主事名和修氏とは四十年来の知己であることから、劉さんの上洛の日程に合わせて陽明文庫を訪ね、念願の古写本「五絃琴譜」を見せてもらうことにした。「五絃琴譜」とあるが、実際には、今はもう伝わらない五絃琵琶に関する楽譜で、現在それは重要文化財に指定されている貴重本であるが、兼ねて見たいと云っていた箇所を広げた劉さんがさきの翻譜とは異なる箇所を指摘しながらメロディーを口ずさんでいた姿は、劉さんには念願の叶ったまさに至福の時そのものであり、傍らにいた我々を感動させるものであった。もっとも劉さんによると、千年も昔の楽譜であるから、翻譜にも検討を要するところがあるので、本書をもとに改めて研究し、演奏を完成させたいとのことであった。平等院鳳凰堂での演奏を、更にブラッシュアップしたものが聞けるのではないかと秘かに期待している。
(2002年公演プログラムより転載)


天平楽府

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