劉 宏軍(りゅう ほんじゅん)
「天平楽府」音楽監督、作曲家、演奏家、復元楽器監修
作曲家、演奏家、正倉院復元楽器制作監修、「天平楽府」音楽監督。
現在、日本に帰化。中国大連生まれ。瀋陽音楽院修了。国立中国京劇院楽隊、中央音楽院の作曲研究科を経て、国立歌劇舞劇院管絃楽隊に入り、フルート主席奏者などを務める。
1980年来日以来、中国民族音楽や日本、アジアの音楽の研究、演奏、作曲活動を始める。
NHKテレビ、「シルクロード遥かな調べ」の作曲、演奏。また坂本龍一に協力し、映画「ラストエンペラー」の作曲、演奏を担当。’89年には文化庁主催公演「日本の中のアジア」に参加。’91年には奈良東大寺大仏殿にてユネスコ主催「あおによしコンサート21世紀への音楽遺産をめざして」に「天平楽府」を率いて参加。古代音楽時代考証を能くする立場から多くの古代楽譜の現代の五線譜への訳譜、複曲を手がけ賞賛を得ている。
氏の音楽活動は、アジア諸国、ヨーロッパをカバーするが、単に作曲、演奏にとどまらず、深い文献、現地調査に労を費やしている。現在最も情熱を傾けているのは、文献に則り正倉院所蔵の多くの楽器を純正に復元するとともに、古代楽譜の訳譜を用いて、自身の主宰する「天平楽府」を率いて、遥かなるシルクロードの音楽、そして天平の調べを現代に蘇らせる仕事である。
また、西洋楽器を用いた作曲活動にも旺盛な意欲を見せている。
第24回伝統文化ポーラ賞・国際賞を受賞。
東久邇宮文化褒賞受賞。
劉さんと正倉院
米田雄介(元正倉院事務所長・広島女子大学名誉教授・神戸女子大学教授)
劉さんに始めて会ったのはもう10年以上前になるが、その後、折りに触れて会うたびに、劉さんの多彩な才能に敬服させられてきた。たとえば古代楽器の研究家で演奏家のほかに、劉さんは、作曲家、演出家、天平楽府の主宰者といろんな面を見せてくれる。どれが劉さんの本領なのか。劉さんとは何者?ということになる。先般、NHKの衛星放送「ハロー日本」という番組で劉さんが紹介されていたが、その番組を見ていると、まさに古代音楽のマルチ人間で、古代音楽の事になると我も忘れてしまう人であることが解りかけてきた。
そもそも古代音楽のマルチ人間、劉さんと私がお付き合いを始めたきっかけは、劉さんが古代音楽の研究・演奏に復元した正倉院楽器を用い、しかもその楽器の復元自体に深く関わっていることを知ってからである。初対面の時には、まだ劉さんは正倉院楽器をそれほど復元していないようであったが、現在では、正倉院に伝来の楽器は18種類であるが、そのほとんどの復元を試みており、五絃琵琶に至っては5面も復元していると云う。五絃琵琶は正倉院では螺鈿紫檀五絃琵琶と云い、胴本体に紫檀材を貼り、捍撥には玳瑁を貼り背面全体に螺鈿を鏤めた豪華な宝物で、優品中の優品である。しかも五絃琵琶は世界でもただひとつしか伝存しない貴重品である。しかし劉さんは多数の五絃琵琶の所有が目的ではなく、できるだけ本物に近づけたいと試行錯誤を繰返して復元していたら5面になったと云う。それにしても五絃琵琶をはじめ多くの楽器の復元ともなると、復元の技術者を確保し、宝物に使われている材料と同質の材料を使い、色、形、大きさ、図柄、紋様なども宝物同様に作らなくてはならない。しかしこれらの復元のために、その都度、正倉院宝物を持ち出すことは出来ないから、正倉院事務所では、宝物の専門家に委嘱調査してもらい、その成果を出版・公開してきた。楽器については、『正倉院の楽器』と題する詳細な報告書を刊行し、楽器の寸法、材質、製法技法など明らかにしている。劉さん以外にも正倉院楽器の復元に当たっている人は少なくないが、この報告書に基づいている。ただ楽器の中には、中国・唐から輸入されたものがあり、それらの材料は唐やその近辺からもたらされているから、劉さんはわざわざ中国の材料で復元している。ただ劉さんが直接工具を手にするのではなく、先の報告書をもとに研究し、専門の工人に情報を伝えているのである。それにしても、材料の中にはワシントン条約によって規制を受けている動物質のものがあり、また現代中国でも、伝統的な楽器に詳しい技術者の高齢化、後継者不足から、復元は次第に困難になりつつあると云う。それだけに劉さんは、古代楽器の制作のために、余暇と収入のほとんどを投入し、今のうちに出来るだけの事をしたいと頑張っている。劉さんの本来の姿は演奏家である。先年四月末の夜に京都・宇治の平等院鳳凰堂で、聴衆は回遊式の庭園内を散策しながら、劉さんとその仲間の天平楽府の人たちの演奏を聴くと云う優雅な催しが行われた。当日の演奏曲の中には、京都の陽明文庫(近衛家に縁の文庫)に伝わる平安時代の音楽を復元したものがあった。当初劉さんが依拠したのは陽明文庫本そのものではなく翻譜されたものであったから、是非とも陽明文庫所蔵の古楽譜を見たいとの相談があった。たまたま私は当文庫主事名和修氏とは四十年来の知己であることから、劉さんの上洛の日程に合わせて陽明文庫を訪ね、念願の古写本「五絃琴譜」を見せてもらうことにした。「五絃琴譜」とあるが、実際には、今はもう伝わらない五絃琵琶に関する楽譜で、現在それは重要文化財に指定されている貴重本であるが、兼ねて見たいと云っていた箇所を広げた劉さんがさきの翻譜とは異なる箇所を指摘しながらメロディーを口ずさんでいた姿は、劉さんには念願の叶ったまさに至福の時そのものであり、傍らにいた我々を感動させるものであった。もっとも劉さんによると、千年も昔の楽譜であるから、翻譜にも検討を要するところがあるので、本書をもとに改めて研究し、演奏を完成させたいとのことであった。平等院鳳凰堂での演奏を、更にブラッシュアップしたものが聞けるのではないかと秘かに期待している。
(2002年公演プログラムより転載)


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